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摂食障害(過食症・過食嘔吐)無料相談 本当は怖い過食症ブログ

本当は怖い過食症

【ダイエット・摂食障害・拒食症・過食嘔吐の体験談ブログ】 摂食障害(拒食症、過食症、過食嘔吐、下剤乱用、チューイング・噛み吐き)は、本人が思っている以上に心と体を蝕む怖い病気です。 まずは過食症の本当の恐ろしさ、大変さを理解すること。 それが治すための第一歩です。 無料相談が出来るサイトも紹介しています。

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食べたい気持ちが止まらない

女性 千葉県 21歳 学生

失恋したショックから、好きな人を振り向かせるためダイエットを始めた。

まずは食事制限とジム。
スルスル減っていく体重。まっすぐ立っても、太もも同士がくっつかなくなった。
今まではけなかった細身のジーンズも履けるし、外見に自信がついた。
生きてきてこんな経験初めてだったから、本当に本当に嬉しかった。

でも、段々頭の中でカロリー計算をする時間が増えるようになった。
食べたいっておもうけど、「未だ我慢、痩せなきゃ」
自分の決めたもの以外を口にすると、次の食事にすごく気を遣うようになった。

食事、苦痛になっていった。
ダイエットする前は、好きなものを普通に食べれていたのに。

そのうち、食べたい気持ちが大きくなって、自分の許容範囲の食事を超えた。
飲み会で男の子がビールをいっぱい飲んでトイレに吐きにいくのを思い出して
軽い気持ちで吐いてみた。

リセットできるし、次の食事に響かない。
ちょうどいいと思った。
少し食べ過ぎたから、その分を外に出すだけだもん。

でも、「食べたい」って思う気持ちは日に日に膨れ上がる。
週に数回、少し食べ過ぎたときに吐き出す行為が、半年経たずに毎日になってしまった。

毎日、「食べたい」っていう気持ちが増えていった。
意志が弱くて、食べることを止められない自分。
なんて弱いんだろう。どうしてこんな簡単なことができない?

気持ちも落ち込んで、学校にも行けなくなった。
家で、テレビと時計を交互に見ながら「次の食事は何を食べよう」と思ってしまう。
他の事をしていても、常に次の食事を気にしてる。考えてる。

そして、食パンを多めに食べたときから私の過食嘔吐は始まった。
いっぱい食べても、吐けば太らない。
やめたい、けど食べる気持ちを抑えられない。吐きたくない、けど太るのが怖い。
どうしよう、過食症?いや、ただ意志が弱いだけ、これは私の問題だ。

たまに我慢できた。
けど、菓子パン、揚げ物、食べたい気持ちはなくならない。我慢しているのがわかる。

食べたい、食べたい、食べたいよ…。
食べている時の、あの幸せな気持ち。
私、どうしてこんなに食べ物を気にするんだろう。

こんな意志が弱い私が過食症なんて言っていいのか?
でも、現に食べている。どうすればいいかわからない。
このサイトも知っていたけど、まだ病気ってわからなかったから相談しなかった。

でも、ある時嘔吐したら目が真っ赤に充血した。
やばい。
本当に恐ろしくなった。

そんな状態で相談を始めました。。

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点滴のカロリー

女性 北海道札幌市 22歳 学生

現在だけでなく、9年前に拒食症になって起きた身体の異変についてまず書きます。
嘔吐を続けるということが、体をどう変えてしまうか、過食嘔吐を続けても同じことが起きるからです。

まず、キリキリ、キュウ~っと、何もしていない時にも胃が痛くなりました。
血でも出てるんじゃないかと思うくらい。
食べ物が詰まってるように喉が苦しい。
頭では食べたい、けどお腹がすくという感覚が何なのかわからない、自分は空腹なのか満腹なのかわからない。

食欲って何?
空腹って何?
食べるって何??
自分は今食べるべきなの?
食べない方がいいの?
どっちが体にいいの?

って、例えダイエットうんぬんじゃなくて健康に食べれるようになりたいと思っても、どうすればいいのかわからない。

カロリー制限内のOK量を食べて、これは吐かなくても大丈夫、なもののはずなのに胃は受け付けてくれません。
自然と戻ってきてしまいます。
もしくは吐かないと気持ち悪くて結局吐いてしまいます。

胃が空っぽでやっと安心。
けど、喉の苦しさは消えない。胃は痛い。

こうなってくるとビスケット一枚胃に入っていても同じ現象。
もう何も食べられなくなってしまい、めまいがしてフラフラ、体に力も入らない、肋骨がどんどん出てくる。最後は点滴しかありませんでした。
けど点滴のカロリーを気にして(点滴にカロリーなんてあるのか?!カロリーどころじゃないだろ、栄養が必要なんだよ!)、最初は拒否しました。

針先から体内に侵入してくる脂肪の素、としかとらえられず、その液体に嫌悪感しか覚えられず…針を勝手に抜いて走って逃げないと太ってしまう、嫌だ…!病院は太らされるから治ったフリをしてでも病院にはもう来ちゃいけない!と思いました。
やっぱり太ることが怖いのを自覚して、ますます食べ物に嫌悪感を持つようになりました。
胃に入るあらゆるものを、体がすごい勢いで脂肪に変えていくような気持ちを感じたからです。
…本当に、死んでしまう所でした。9年前です。

これって例えあの時40キロになってもやっぱり38キロを目指してったんじゃないかなと思います。(現に今回目標体重の42キロになっても、維持のために私は40キロを目指しかけていました。)
どれだけ細くなって自覚しても、維持するためにさらに落とさないと満足できない!…の繰り返しです。


そして、結局、健康的ダイエットどころか、当時襲ってきたのは過食です。
嘔吐はもうしたくない。となると寝ない!しかありません。朝まで勉強しながら食べ続けたり、または朝食に大量に食べてその後何も食べない、など…。
そんなことをしてたので極端に太りはせず周りは気付かなかったけど(食べるようになって親も安心の一心)、それでも2,3キロは戻りました。

…ああ、痩せなきゃ、戻らなきゃ…、、、でその後数年結局ダイエットは終わらないまま去年まで至ります。
ダイエットは明日から~で過食、ダイエット、過食、を繰り返しながら…。

現在過食嘔吐で、胃は9年前と同じことが起き始めています。
体のためだから、昨日はがんばって食べましたが体は食べ物を受けつけなくなってきてます。
これは危ない!頑張って、体を回復させなきゃ!

それと、虫歯が出来て治療中です。
白い綺麗な歯ばかりだったのに、見えるところに大きな銀歯がつくことになります…本当に後悔。
気がつけば歯も前みたくツルツルじゃなく、なんだかキシキシ。
鏡を見ると前歯の先が薄くなった気が。胃液の成分は強塩酸だとか。
歯のエナメル質を溶かすんですよね。。
嘔吐で胃液が口の中にあるのと、強塩酸のボトルを飲むのと、何が違うんだ?
嘔吐するって危険だ!と痛感しました。


一瞬の幸せ。後悔と自責。それでも食べるのは止められない

女性 学生 22歳 O型 広島県
過食嘔吐歴7年 1日3~4回 2~3時間


私は、過食嘔吐をしているとき、本音は、「あぁ、幸せ」って思う時間のほうが多いのです。

では、それならここに参加しなくてもいいじゃないかって、真剣じゃないじゃないかと思われるかもしれません。


しかし、幸せの代償が私と家族、好きな人の人生という、取り返しのつかないほどの広範囲におよび、私だけですむもんだいではないことを直視しなくてはとおもったからです。

また、幸せもつかの間、現実に戻ると、その高低差がはげしく、生きているのがいやになりました。

人は、やはり、辛く悲しいことも、楽しく幸せなことも、どちらが大きすぎても自分の負担になる方が多いのです。

ほんの一時の幸せをとるか、長い人生の上で全体的な幸せをとるかを考えたとき、私は今から生きられる全ての時間において、トータルで「あぁ、幸せ」と思える方を選びたいと思いました。


この病気で、辛いことは、買い物をする自分が物凄く惨めになることです。

スーパーで物をとるわけでもないのに、いつも誰かからの目が気になって、どこからともなく「あの子、いつも両手いっぱいに荷物抱えて、変なの」という誰からともない声が耳の奥深くに響いて離れません。

そんなときは、一人で勝手に、心の中で言い訳するのです。
「今日は家に訪問客がくるから、沢山お弁当やお菓子がいるんだ…これはおつかいだ…」なんて。

心底そんな私自身が寂しく小さく小さくなります。

スーパーに行くと同級生が働いていたりして、それでもそこが安いから、毎日②なによりも熱心に通いつめる私が居ます。

どこか哀れな目をしてる友達に、顔をあげることもできなくて、いつも下を向いて、肩がおちそうなくらいの荷物をかかえ、おばちゃんのようにママチャリで家へと帰ります。

学校を休んだ日なんかは、日中に外にいる自分が情けなくて情けなくて、そこでまた、誰も聞いてないのに、心の中で「今日は試験の振替休日」なんて言い訳をつぶやいて、見えない視線や声に怯えて生きてきました。


でも、家で好きなもの好きなだけ食べて、潔癖症のように胃の中を最初の状態にリセットする。
そこまでが幸せ、そこから、脱力感と首筋から血が抜かれるような、しびれるような低カリウム状態になると一転地獄です。

しばらく動けない体をよそに頭だけぐるぐる何かを考えてる。
「いつまで続くの…」

問うても問うても返るはずのない答えをいつもどこかに求めていた。


解決しようと外側ばかり(啓蒙思想の本をよみ、神に祈り、ヨガをやり、掃除をし…)ありとあらゆる努力をしながら、肝心な一つ食べるの我慢することをしないで、出来ないで、結局自分に戻ってくる。
残るのは喪失感だけ。


でも私はここで過食嘔吐を、克服する。

読んでいただきありがとうございます
 


どうして食べたいの?

女性 自由業 22歳 O型 沖縄県
 
小4から不登校、引きこもり。2年半で15キロ太った。家族旅行写真の自分の醜い姿を見て愕然。チューニングを始め、そのうち食べなくなった。でも、親には無理矢理食べさせられる。ある日風邪で嘔吐。それから徐々に吐く事を覚えて、毎食吐くようになっていった。中学は相変わらず行っておらず、自力で塾探して勉強して受験。そして、定時制の夜間に通い始める。年齢バラバラで、友達もできて楽しかった。求めてた青春があった。不登校最後の方は、学校行きたくても行けなかったから。

バイトも始め、貯めたお金で原付や携帯も買った。でも、バイト先の弁当屋とコンビニの廃棄物は大好きな過食の大切な食料。授業サボって食べた。学校や公衆トイレ、草むら…何処ででも吐いた。
集中してもっと過食したい時は即帰宅。それが当たり前の日常。普通だった。でも、出会い系で知り合った近くの男子校の大好きだった彼氏に振られた。そこから落ちて行った。男あさり、援交、夜遊び、飲酒、家出…。それの合間に過食嘔吐。
その熱が冷めたら今度は引きこもり。外部と触れたくなかった。外に出たら足が震えて歩けない。パニック。完全なうつ病。逆転生活。夕飯時に起きて朝まで過食嘔吐。家中の食料を食べまくった。部屋は足の踏み場もない位散乱。ベットや両腕はリストカットで血だらけ。死にたかった。でも、死ねなかった。同級生で自殺した子が羨ましかった。過呼吸で息ができない。苦しかった。だから食べた。吐いた。何でも食べた。病気には意地でも行かなかった。行くなら死んだ方がマシだって思ってた。気力で治す!って変な負けず嫌い。

そんなある日、歩けない程食べて這ってトイレへ。でも…吐けない。…出ない!
疲れて涙流しながら部屋に帰り何とか寝ようとしても苦しくて眠れない。…そのうち段々激痛に変わってきた。耐えられない位痛かった。苦しかった。その間も何度も吐こうと試みた。でも出ない。
辛くて怖くて諦めてお母さんを起こしにいった。真夜中だったから救急車で病院に運ばれた。結果、即入院。診断は急性膵炎。4日間完全絶食。2週間入院。退院後も2ヶ月食事制限。でも…それも全て吐いてた。

その後、また高校に通い始めるも、もう戻れなかった。また夜遊びとバイト、飲酒に明け暮れ、2回程過食と酒で急性腸炎(急性アルコール中毒?)にかかり運ばれる…。お母さんとも2年間口きいてなくて、家にいるのがダメで苦しいならと、それからはお金を貯めて、旅に出るようになった。外の知らない世界、海外、異空間に出ると過食も情緒不安定も大分収まった。実家に帰ると甘えて過食に…。昔から過食費のために親の財布から抜いてた。嘘も過食のため。友達の約束も過食が優先。車借りて出掛けるのも過食のため。食べたら、場所選ばずトイレやビニールに吐いた。…運転しながら過食するのが一番好きだったなぁ。

…バカみたい。全て過食。もっと楽しい事もやりたい事も沢山あるのに。食べるの大好きなのに。こんな事のために大好きな友達も自分ももう裏切りたくない。もう十分だから。


東京に来たけれど・・

 
過食症になって
 女性 無職 23歳  熊本県  
  
過食症を治そうと思い、家を出ることにした。東京で就職した。

家を出れば、甘えがなくなると思った。親にも迷惑かからなくなると思った。
会社の寮に入った。2人で一部屋。2段ベッドのワンルーム。
コレなら逃げ場がないから絶対しなくなると思った。
1ヶ月はまったくしなかった。
研修で、気楽だった。東京にいるというだけで、うれしかった。
食事も自分で管理できて、うれしかった。完璧にしようと思った。
お弁当も毎日作った。ひじき、高野豆腐、きんぴらゴボウ、健康的なものばかり食べた。節約して生活しようと思った。
東京では地方では寂れてしまった商店街も生きている。町歩きも楽しかった。
でも、無理は続かない。仕事の人間関係は面倒だった。
班行動もいやだった。大っ嫌いな学校生活を思い出した。
勤務シフトは複雑、過密。夜10時に終わったのに、次の日は3時半起きもざらだった。
どんどんストレスはたまっていった。班は地獄だった。
副班長とそりが合わなかった。そのことを班長に相談すると、筒抜けだった。
私が甘かった。自分を責めた。誰にも相談できなかった。狭い世界。
あるとき、作り置きしたおかずを一気に食べた。それから再発してしまった。
ファーストフードをはしごして食べた。
部屋の相方が寝ているときを見計らって食べた。
相方がテレビを見ているとき、シャワーを流しながらトイレで吐いた。
毎日、自分の時間がないのはつらく、夜は近所を散歩した。
日々のおかずを買うつもりが、買い置きができない。
夜の公園でも食べた。公園のトイレで吐く。冬の寒い日。
こんなことするために東京来たんじゃない。
涙が出た。
でも止められなかった。