過食症、過食嘔吐、下剤乱用、チューイング・噛み吐き。
過食症は本人の思っている以上に心と体を蝕む怖い病気です。まずは過食症の本当の恐ろしさ、大変さを理解しましょう。
今すぐ過食を止めたい人は匿名で過食症無料相談も受けられます。希望する人は左の過食症・過食嘔吐匿名無料相談をクリックしてください。
またこのブログを読み、過食が治まった人は無料相談を受けることで再発しにくくなります。
2008/04/10 (Thu)
30歳~34歳
女性 会社員 32歳 O型 福岡県
過食嘔吐するようになったのは、8年前。
もともと太っていたし、痩せたい願望はいつもあった。太ってる自分はいつも惨めだった。
好きな人が出来たのと、仲のいい子が見る見るうちに痩せたのを見て、痩せなきゃ痩せなきゃって増々思うようになって。その一心で、食べるのが怖くなった。少ししか食べてないのに、嫌悪感が募って、軽い気持ちでやってみた。始めはそんなに辛くもなかった。
でもそれから、嫌な事があったり仕事が終わると、買い出しに行っては両手がちぎれるくらいの量を買って食べ吐くようになった。ストレスの具合では一日何回も過食症状が出た。
友人とご飯を食べても、食べ過ぎたと感じたら、今日は吐かなきゃって思いで一杯になって、沢山食べては、隠れて吐いた。コンビニ、バー、居酒屋どこでも。指を突っ込んでも吐けないときは、歯ブラシやトイレ掃除のブラシの柄、何でも突っ込んで吐いた。
いつも買いにいくコンビニやスーパーの人の目や、食事や飲み会の途中でいつも姿を消す私を見る友人の目が怖かった。
バレたくない、でも誰かに気づいて欲しい。
いつも孤独だった。
休日は朝早くから買い出し、過食嘔吐してまた買い出し。。。
夜になって日が暮れて暗くなった部屋で、何やってるんだろうと思うと、やりきれなくて泣いた。
翌日は手や顔がむくみ、嘔吐するときに顔に強い力が入るためか、目の縁に皮下出血が出来る。
吐くときに突っ込んだものせいで、いつも喉が痛くて、口内炎が出来る。
こんな生活じゃ人にも優しく出来なかった。
なんで私を大事にしてくれないのって、いつも周りを心の中で攻め続けた。
働いてるけど、いつも生活はぎりぎりで、過食費やサプリメント、胃薬、睡眠導入剤、高い歯磨き粉、歯科治療、自己啓発本。。。ローンを組んでまでも工面した。
お金がないときは、職場のお菓子や食べ物を見つからないようにバッグにつめて、持って帰っていた。いつもびくびくしていた。
自分は変態なのだと、精神が病んでこのまま普通には生きていく事が出来ないのだと、何度も死のうと思った。でも出来ない。惨めな姿で死にたくない。。。
いつも不安定で、いつも悲しくて。
幸せになりたい、普通になりたい、そんな風に強く思った時、ここに辿り着いた。
みんなの言葉、優しさに救われた。同じように悩み、病気と向き合う人たちに出会った。
症状はまだあるけれど、こんな病気に負けたくない。
たった一度の人生を無駄にしたくない。
私も頑張ります。
私たちに一日も早く幸せが訪れますように。
2008/03/30 (Sun)
20歳~24歳
女性 自由業 22歳 O型 沖縄県
小4から不登校、引きこもり。2年半で15キロ太った。家族旅行写真の自分の醜い姿を見て愕然。チューニングを始め、そのうち食べなくなった。でも、親には無理矢理食べさせられる。ある日風邪で嘔吐。それから徐々に吐く事を覚えて、毎食吐くようになっていった。中学は相変わらず行っておらず、自力で塾探して勉強して受験。そして、定時制の夜間に通い始める。年齢バラバラで、友達もできて楽しかった。求めてた青春があった。不登校最後の方は、学校行きたくても行けなかったから。
バイトも始め、貯めたお金で原付や携帯も買った。でも、バイト先の弁当屋とコンビニの廃棄物は大好きな過食の大切な食料。授業サボって食べた。学校や公衆トイレ、草むら…何処ででも吐いた。
集中してもっと過食したい時は即帰宅。それが当たり前の日常。普通だった。でも、出会い系で知り合った近くの男子校の大好きだった彼氏に振られた。そこから落ちて行った。男あさり、援交、夜遊び、飲酒、家出…。それの合間に過食嘔吐。
その熱が冷めたら今度は引きこもり。外部と触れたくなかった。外に出たら足が震えて歩けない。パニック。完全なうつ病。逆転生活。夕飯時に起きて朝まで過食嘔吐。家中の食料を食べまくった。部屋は足の踏み場もない位散乱。ベットや両腕はリストカットで血だらけ。死にたかった。でも、死ねなかった。同級生で自殺した子が羨ましかった。過呼吸で息ができない。苦しかった。だから食べた。吐いた。何でも食べた。病気には意地でも行かなかった。行くなら死んだ方がマシだって思ってた。気力で治す!って変な負けず嫌い。
そんなある日、歩けない程食べて這ってトイレへ。でも…吐けない。…出ない!
疲れて涙流しながら部屋に帰り何とか寝ようとしても苦しくて眠れない。…そのうち段々激痛に変わってきた。耐えられない位痛かった。苦しかった。その間も何度も吐こうと試みた。でも出ない。
辛くて怖くて諦めてお母さんを起こしにいった。真夜中だったから救急車で病院に運ばれた。結果、即入院。診断は急性膵炎。4日間完全絶食。2週間入院。退院後も2ヶ月食事制限。でも…それも全て吐いてた。
その後、また高校に通い始めるも、もう戻れなかった。また夜遊びとバイト、飲酒に明け暮れ、2回程過食と酒で急性腸炎(急性アルコール中毒?)にかかり運ばれる…。お母さんとも2年間口きいてなくて、家にいるのがダメで苦しいならと、それからはお金を貯めて、旅に出るようになった。外の知らない世界、海外、異空間に出ると過食も情緒不安定も大分収まった。実家に帰ると甘えて過食に…。昔から過食費のために親の財布から抜いてた。嘘も過食のため。友達の約束も過食が優先。車借りて出掛けるのも過食のため。食べたら、場所選ばずトイレやビニールに吐いた。…運転しながら過食するのが一番好きだったなぁ。
…バカみたい。全て過食。もっと楽しい事もやりたい事も沢山あるのに。食べるの大好きなのに。こんな事のために大好きな友達も自分ももう裏切りたくない。もう十分だから。
2007/09/13 (Thu)
20歳~24歳
女性 無職 23歳 熊本県
過食症を治そうと思い、家を出ることにした。東京で就職した。
家を出れば、甘えがなくなると思った。親にも迷惑かからなくなると思った。
会社の寮に入った。2人で一部屋。2段ベッドのワンルーム。
コレなら逃げ場がないから絶対しなくなると思った。
1ヶ月はまったくしなかった。
研修で、気楽だった。東京にいるというだけで、うれしかった。
食事も自分で管理できて、うれしかった。完璧にしようと思った。
お弁当も毎日作った。ひじき、高野豆腐、きんぴらゴボウ、健康的なものばかり食べた。節約して生活しようと思った。
東京では地方では寂れてしまった商店街も生きている。町歩きも楽しかった。
でも、無理は続かない。仕事の人間関係は面倒だった。
班行動もいやだった。大っ嫌いな学校生活を思い出した。
勤務シフトは複雑、過密。夜10時に終わったのに、次の日は3時半起きもざらだった。
どんどんストレスはたまっていった。班は地獄だった。
副班長とそりが合わなかった。そのことを班長に相談すると、筒抜けだった。
あるとき、作り置きしたおかずを一気に食べた。それから再発してしまった。
ファーストフードをはしごして食べた。
部屋の相方が寝ているときを見計らって食べた。
相方がテレビを見ているとき、シャワーを流しながらトイレで吐いた。
毎日、自分の時間がないのはつらく、夜は近所を散歩した。
日々のおかずを買うつもりが、買い置きができない。
夜の公園でも食べた。公園のトイレで吐く。冬の寒い日。
涙が出た。
でも止められなかった。
2007/09/06 (Thu)
30歳~34歳
女性 自営業 31歳 神奈川県
思い起こせば中学~高校の頃、朝昼のご飯を抜いて夕方学校から帰ると寝るまで食べ続けていた。
「ちょっと太ってるよね~」と言う友達に当てつけるように学校では全く何も食べなかった。
そして19歳の秋、片思いの人に好かれたくて痩せて綺麗になりたくて
ダイエットを始めて、食事を殆ど摂らずに1ヶ月で15kg体重を落とした。
でも結局失恋。
そして、「食べられない・食べたくない。」そんな症状だけが残り、
「もっと痩せなくちゃ、こんな体だから嫌われるんだ!」と自分を責め
続けていたら、少し食べただけで吐くようになってしまった。これが過食嘔吐の始まり。
そこからは自責の念と罪悪感、憂鬱、自己否定の気持ちがどんどん増していって、
学校へはいけないのに自宅で家族の分の食材まで半日で食べて嘔吐を繰り返していた。
もちろん、母には「何考えてるの!?」と責められ、変人扱いされ、
家族がいるときは何も食べられなくなってしまった。
そして、夜中にまた食べ物をあさる毎日・・・悲惨でした。
正直その頃の2~3年(19~21歳くらい)の記憶があまりない。
普通なら大学へ行ってサークルに入ったり、友達と旅行をしたり、
コンパをしたり、そんな華やかな思い出が幾つもあるはずなのに。
結局留年して、友達とも疎遠になってしまった。
寂しい、誰か助けて!
でも、本当の自分の気持ちなんて誰もわかってくれない、他人なんて煩わしい、キライ。
どんどん自分の中に篭っていって。
そんな自分には食べて吐くしかなかったんだと思う。
2007/08/26 (Sun)
30歳~34歳
私のきっかけは、高校時代の部活(柔道部)の減量からだと思います。
大会前は、減量減量で身体を絞り、毎回5キロくらい体重を落としていました。
もちろん栄養バランスを考え、食事制限、運動などをするのですが、
いつからか、「もっと落としたい、もっと落として下の階級に出場したら優勝できる」
などと考えるようになり、過度の減量をし、拒食のような状態になってしまいました。
食べたくても胃が受け付けない、身体はエネルギーが欲しいって叫んでいるのに、
わたしは断固としてカロリー摂取を拒み続けました。
当時、大好きな男の子がいました。同じ柔道部で、光ってた。
とても強くて優しくて、細身だった彼が本当に好きでした。
はじめての人でした。
今考えると、いつも優勝候補の彼に認められたくて、
減量し続けたのだろうと思います。
そして、折りしもの阪神大震災。
家族中で家具の下敷きになり、自宅は半壊。
ご近所の人たちが多数生き埋めになり、なくなっていく姿を見ました。
助けを求めているのに助けられなかった…
苦しんでいるのに、救ってあげられなかった…
無力な自分を責め、何も出来ない自分自身を拒絶しました。
そしてとうとう入院。体重を戻し、拒食症を克服し(?)退院。
(できていなかったのだけれど)
入院中、摂食障害の人たちの中で過食嘔吐を覚え、
深みにはまりました。拒食の後は、過食と過食嘔吐の日々。
何とか立ち直りたくて、大学はアメリカに留学しました。
アメリカで、真っ白な土地で、何もかもやり直したかった。
でも、何も変わらなかった。
アメリカは大好きだったし、大学もほんと楽しかった(と思う)
でも食生活はメチャメチャ。
もともとよく食べる私は、膨大な食べ物、
アメリカンサイズの食べ物に、どっぷりはまってしまい、
過食嘔吐から抜けられなくなりました。
帰国後、出版社へ就職し、病院めぐりもしました。
今度こそ再スタートしたい、過食嘔吐を克服したい。
わらにもすがる思いでした。
ですが、配属先が「グルメ情報紙の編集部」
グルメライターとして、日々食べ歩く環境は、
私にとって、過食嘔吐を悪化させるサイアクの環境でした。
(あくまで私の場合ですが)
過食嘔吐は習慣になり、これをしないと1日が終わらない日々になりました。
仕事中で食べ続け、帰ってからも食べ続け、吐き続ける日々。
残業、残業、休みなしの状況で、身も心もボロボロになり、
身体は悲鳴を上げているのに、深夜の過食は止められない。
どんどん深みにはまり、そして、どうあがいても
この習慣を断ち切ることが出来ず、抜けられなくなりました。
様々な過食の治療を受け、自分でも何度も努力しました。
様々な問題点、原因(幼少の頃、家族のこと、自分の考え方など)も
考え、カウンセリング、ミーティング、何でもしました。
でも、ダメだった。
何やっても私には克服すること、出来なかった。
私は、どういわれても、やっぱり自分の意思が弱いからだと思ってしまう。
意思の問題だと、思ってしまう。
2007/08/26 (Sun)
20歳~24歳
過食のきっかけは、テレビで過食嘔吐をする女の子のドキュメンタリーを見たことでした。
高校2年生のときだったと思います。
小学生のとき、バスケ部に入り、すごく嫌いだった運動を克服しようと結構頑張っていたと思います。
運動するからおなかが減る、食べる、でも運動するから太ることはなかった。
中学に入り、やはり運動より絵が好きだ、と美術部に入部しました。
美術部は全然体力を使いません。でも食べる量はバスケ部のときのままなので、どんどん太りました。
一番太っていたときで157cm、56kgと、だいぶぽっちゃりしていました。
田舎の中学だったときは全然気にならなかった体型も、
都会の高校に入学し、可愛い女の子たちに囲まれるようになると、
一気にコンプレックスに変わりました。
それでも運動は嫌いだったし、食べることは好きだったので、
やせる努力はしませんでした。
2年生になったとき、すごく好きな男の子ができました。
その時にテレビで過食嘔吐のドキュメンタリー番組を見てしまった。
過食嘔吐する女の子は、本当に細く、見ていて羨ましいと思ってしまったのです。
それから食べても吐くようになりました。
摂取カロリーは減るので徐々にやせていきました。
その好きな男の子とも付き合うことになり、痩せたし本当にうれしかった。
そのときは気づきませんでしたが、今思えば痩せたから付き合えたのでは
大学に入り、彼とは遠距離になりました。
大学はそれまでと違って、友達とグルメツアーに行ったり飲み会があったり。
彼の気持ちが離れないように綺麗でいたいと思ったけど、
食べることは大好き、でも食べたい、で過食嘔吐はエスカレートしていきました。
バイト先(飲食店)の残り物をゴミ箱に隠し、ゴミ箱から持って帰って深夜に過食嘔吐。
ゴミ箱を漁るなんてホームレスと同じ行為。恥ずかしいのにやめられない。
深夜まで起きて朝は起きられず、勉強も就職活動も疎かに。心身ともにボロボロでした。
そんな心で彼に会うから、酷い事言ってしまう。
5年付き合ってとうとうお別れしました。
悲しくて、悲しさを埋めるためにまた過食嘔吐。
就職活動も失敗し、滑り止めに受けた会社に入社するものの、
やはりイヤと思う気持ちでいっぱいで、過食嘔吐し続け、遅刻することもありました。
そんな中で続くわけもなく2ヶ月で退職しました。
次に見つけたアルバイト先はインテリアのお店で、スタッフとも本当に仲良く、楽しかった。
ストレスはないはずやのに、やはり正社員になれなかったという劣等感で
いっぱいで、過食嘔吐はやめられませんでした。
そんな時、大学のときに友人だった先輩と付き合うことになりました。
彼には過食嘔吐のことは友人のときに伝えていて、いろいろ悩みも分かってくれている人でした。
いろんなことを受け入れてくれ、彼と結婚することになりました。
幸せなはずやのに、何故か過食嘔吐してしまう。心はすさむ。
しょーもないことで喧嘩してしまう。
心が満たされてるはずのときでも過食嘔吐する。もう悪循環。
心というより体が勝手に動いている感じです。
家計も心身も圧迫する悪癖を克服したいです。
このままでは幸せになれるわけがないと思います。
だんなさんを幸せにしてあげたい。
2007/08/26 (Sun)
20歳~24歳
「太った?」職場の人のこの一言に敏感に反応し食べる食べる、食べ続ける。
もう止まらないの。大量のお菓子にアイスクリーム、パン、おにぎり、お惣菜・・
全部食べないと気がすまない。ここにあるもの全部買って全部一人で食べきらないと納得いかないの。
過食が済んだあとは「死にたい」っていう気持ちしかない。
お腹が苦しくて胃がキリキリ、心臓も痛い。
こんな状態で仕事に行きたくない、
それでも体を引きずるようにして職場にいく。
やさしい仕事仲間に八つ当たり、
むくんでいる体や顔がばれている気がして恥ずかしくて目をしっかり合わせられない、
そんな自分にまた死にたい願望、涙がでることもある。
お腹が苦しいからお昼ご飯も食べられないな、でも本当は人と食事をする事に抵抗が出始めている自分に気がついていた。
お勤めをしていてお給料がもらえ実家で暮らしていると過食費(お金)で苦労することはなかった。
だけどこの暴食している食費を計算したらいくらになる?自分の為に何が買える?
過食で得る一時の満足感、済んだ後の地獄、差し引いたらどれだけ過食で得るものがある?
何もないよね。失うものが圧倒的に多い。
「今日帰って何食べよう」ばかり考える勤務時間、
そして退社時間になれば一目散にスーパーやコンビニに駆け込み
今日つらい仕事を頑張ったご褒美と、過食をする毎日。
足りなくなれば家の冷蔵庫や食料庫を親の目を盗んではうろついた。
そしてまた自己嫌悪する。
友達との遊びの約束も自分の過食状況がひどければドタキャン、
付き合い始めた彼氏に自分のむくんだ体をみられたくなくて何回ドタキャンした?
まだばれてない、でも嫌われるのも時間の問題だよ、友達も彼氏も愛想つかすよ。
過食症は本当に怖い病気だよね。甘くみてたよ。
本当に本当に前向きな心も健康も失っていきます。
2007/08/26 (Sun)
25歳~29歳
私が過食嘔吐を知ったのは高校3年生の夏でした。。。
その頃ちょうど、鈴木京香がモデルで過食嘔吐をしているドラマがやっていました。
そのときはやっぱモデルさんは吐くんだ・・・としか思いませんでした。
当時、私は受験生で予備校に通っていたのですが、ある日カットモデルをやってくれませんか?
別にたいしてかっこよくもなかったのですが、告白されたらいつのまにか好きになってて・・・。
ある日、その美容師さんで頭がいっぱいになっているさなか・・・
予備校でお昼休みに菓子パンを食べたら急に気持ち悪くなり予備校で吐いたのが始まりでした。。。
ドラマの影響もあったと思います。。。
吐けば簡単に痩せられるんだ!って知ってしまいました。
それからは受験をやめ楽に推薦で短大に入学することにしてしまい、短大に入ったものの
その後はキャバクラをやったり、援助交際をしたり、万引きしたり(3回も捕まりました)・・・。
もちろん彼氏はとっかえひっかえ。
さびしいから好きと言ってくれる人にはホイホイついていってしまうという軽い女になってしまいました。。。
誰とつきあってもやっぱり心は満足できず、男の人に対しては顔かスタイルかエッチしたいからでしょ?
としか思えなくなり信じることができなくなっていました。。。
エッチしているときしか愛されてる感じがしなくて・・・・・。
さみしかった。。。。
過食症になる前は、純粋で勉強も一生懸命頑張っていましたし万引きなんて知らなかったのに・・・
家族に対してもすぐカッとなるようになりました。
食べている最中の私はホントに別人。
話しかけられるとすごい嫌で、普通に話せなくてすぐキレてしまう。。。
豹変する自分が怖かった。
去年の夏、結婚する予定だった彼を何万人に一人しかならないという脳のがんで亡くしました。
きっと神様が罰をあたえたのでしょう。。。
私の罪を彼が背負って天国へ行ったのかもしれません。。
神様はちゃんと見ているんですね。。
もう人を好きになれないかもしれないって思いました。。
もう泣き崩れる毎日。。死ぬほど辛かった。
毎日病院にお見舞いに行って、病院に泊まったりもしていました。
でも過食嘔吐はしていました。願かけて過食嘔吐をやめよう!
とも思ったけど、やめられなかった。。。
彼がいなくなってからは私の心を埋めてくれるのは食べ物だけになってしまいました。。
そんなさなか、昔私がポッチャリ(周りから見たら普通くらいなのかもしれません・・・)
最近は、たまにご飯をたべに行ったりします。。
彼はずっと私のことを思い続けていてくれ何年もの間クリスマスと
誕生日にはポストに手紙を入れ続けてくれていました。
この彼ならありのままの自分でいられる気がしました。
太っているときの私を知っているから・・・。
エッチをしなくても一緒にいるだけで愛情を感じることができます。。。。
亡くなった彼のママさんに言われました。
「あなたが幸せになることが○○の一番望んでいることなんだから、
いい人さがさなくちゃだめよ」って・・・。
このサイトに出会って過食を治してまたこの彼とやり直せたらいいなと思います。
もう過食症の人格の私は消えてもらわなくては・・・・。
自分をもっと大切にしてあげなくちゃ・・。
愛してあげなくちゃ。。。
自分を愛せないと他人も愛することができないって聞いたことがあります。。
2007/07/30 (Mon)
25歳~29歳
あまり覚えていないのですが数年前から時々食べ過ぎた時に嘔吐するようになりました。
だからと言ってその頃はまだ今のように「吐けば太らないから死ぬほど食べよう」とかいうようなことはありませんでした。
食いしん坊でしたが「これ以上食べたら太るしやめておこう」って普通に自制できていました。心も身体も健康だった・・
二年前から新しい仕事を始めました。
時間が不規則で、仕事中は立ちっぱなし・帰宅時間は11時くらいになり、仕事自体は楽しいけど 帰ったらグッタリ・・って感じでした。
帰宅時間が遅いので それから夕食を摂ると太るので当初は牛乳だけ飲んで寝て翌日朝食をしっかり摂る・・という生活をしていました。
それがある日、すごーく疲れた日、
「今日は本当に頑張ったし明日休みだから夜更かししてもいいし好きなだけ食べちゃおう」と思って家族が寝た後もテレビ見ながらダラダラ食べてしまいました。
思えばその日が過食の始まりでした。
詳しく覚えてないけどパンやら炊飯器のご飯やものすごい量を食べて動けないくらいになり、ヨロヨロしながらお風呂に入り、そこで散々吐いた。
吐いたら食べ過ぎてキューピーちゃんみたいになったお腹がペッタンコになって楽ちんになりました。
翌朝体重を計ったら、吐いたせいか逆に痩せていて「ラッキー」と思った。
その時から それが毎日毎日続くようになりました・・エスカレートしていった。
昼間も1人だったら同じように過食した。
隠れてパンやらお菓子やら買った。
そのうち仕事帰りにも必ずパンを買って帰るようになった。
昔は節約のために会社にも絶対お弁当を作って持っていくような私だったのに罪悪感を覚えつつも毎日数百円出してもパンを買わずにはいられなくなった・・
夕食後自分の部屋でこっそり食べるのが日課になった。
料理が好きなので皆の食事を作ることも多いのですが、その時こっそりタッパーに料理を取っておいて皆で食べ終わった後、また自分の部屋で食べたりしていた。
そんな自分が気持悪かった。
部屋に持ち込んだフォークやお皿をこっそり台所に持っていって洗う・嘔吐物をこっそり処理する・・
そういうことをしている時の自分が情けなくて虫けらみたいに思えた。
友達や彼氏と飲みに行ったりしても帰りにパンを買って帰って過食しようとかばかり考えていたしパン屋が閉まるまでにバイバイしなきゃ・・とかも考えたり・・
吐きたいから1人でトイレいかなきゃ、とか もう面倒でしんどかった。
なのにやめれない・・
ある日過食現場を姉に見られ、母と姉に告知しました。
二人ともビックリしてたけど同情的ですごく心配してくれています。
話したことで少し救われて、その時点で過食がマシになりました。
でも太るのが恐くて吐くのはまだやめられてません。
2007/07/27 (Fri)
30歳~34歳
私が過食嘔吐を発症したのは、28歳の時でした。
離婚して2年半くらいたったころ。。。
私は3人兄弟の真ん中です。
幼いころから、兄、妹と比べられてきました。
両親とも銀行員で、とっても世間体を気にしていました。
お勉強のできる兄、お勉強も運動もできる妹はそれだけでママの自慢だったけど、
お勉強も運動もふつうの私は、ママが自慢するところがないので
「女の子は愛嬌があればいいのよ」と言われ育ってきました。
周りからはいい子ね、と言われ、ママもそう言われるのが満足でした。
でも、家では、お金遣いが荒いから、
とお小遣いを私だけもらえなかったし、もともと偏食だったけど、
ママに怒られちゃうからと、自分の部屋で夜中にお菓子をこっそり食べていました。
見つかっていつもママに怒られていたけどね。
高校生になると便秘が気になりだして、下剤を飲むようになりました。
だいたいどの下剤も4倍の量を一週間に2度くらい。
とにかくおなかがポッコリするのが許せなかった。
それから時がたって・・・
はじめはチューイングからでした。
ただお菓子が食べたくって、でも太りたくないし、って。
それがいつの間にかエスカレートしていき、気づけば口にするもの
全部吐いてました。
もともと痩せている方だったけど、半年でみるみる5kg減って、
なんだか嬉しかった。
洋服のサイズが5号になって満足でした。
そのころは何も考えていなかった。
そのうちやめよう、やめられるだろう、って。
もっとひどくなっていきました。
一日中過食のことで頭がいっぱいになり、
いつもスーパーの袋2つ分いっぱいに下げて、
吐くための食事をしていました。
朝食以外はすべて吐いてしまっていました。
過食する前、どんな食事してたかな?何を食べていたかな?
どうしていたのか記憶が薄れてきました。
ときどき胸がしめつけられるようになり、そうなると耳の奥とか毛穴が
全部ふさがれた感じで、痛くて痛くて動けなくなりました。
歩いている途中で息が苦しくなり、やっと近くのカフェにたどり着き、
泣きながらケーキを食べたこともありました。
自分で何度も治そう、と思ったけれどムリだと知り、
心療内科へ通いました。
でも薬を出されるだけではその頃の私には何の変化もなかった。
環境が変化すれば変わるかな、と2回お引っ越しをしたけれど、
それでも治らなかった。
スタイルを褒められるととっても嬉しい。
お洒落することも大好き!
でも、よく考えたら外見ばかり。
中身のともなっていない自分を誰かに見透かされそうで、
いつもビクビクしている。
今より2kg痩せようが、5kg太ろうが、
みんなの私に対する評価は変わらない、ってわかっているのに、
彼もどんな私でも好きでいてくれるってわかっているのに、
外見にこだわってしまう。。。
でも私は明るい未来のために、この病気をちゃんと治したい。
ごはんが美味しい♪ってことだけを思いたい。
2007/07/19 (Thu)
25歳~29歳
突然転勤になって、週末だけ自宅に帰る生活が続き、精神的にも肉体的にもとてもつらかった時に、せめて週末だけでもご褒美として好きなものを食べてもいいことにしようと決めました。
自分の好きなドライフルーツを金曜日に買って、ちょっとづつ食べるつもりだったのが、いつのまにか金曜日も買って、土曜日も買ってと、大量に食べるようになりました。
最初はオイシイと思いながら食べているのに、最後は苦しいのになぜか食べている。
そして太るのがいやで吐きました。
これがきっかけだったと思います。
再び転勤で自宅から近い勤務地になると、今度は平日に何をどれだけ食べてよいのかさっぱりわからなくなりました。
何をどれだけ食べてよいのかわからないだけでなく、空腹とか満腹とかそういったこともわからなくなりました。
一度食べ始めると、特に食べたくもないのに食べ続けます。
でも太るのが嫌なのと、胃が重く気持ちが悪いので吐き出します。
もはや吐くために食べているのか、食べると条件的に吐いてしまうのかよくわからなくなりました。
吐くたびに、世の中に食糧難で苦しんでいる人がたくさんいるのに、なんて酷い行為をしているのだろうといたたまれなくなることもあります。
こんな自傷行為はやめないとだめだと思いながらもやめられずに睡眠時間を削って、朝方まで吐き続けます。
毎朝、今日こそは過食を克服しよう!
絶対に菓子パンとかお菓子とか買わない!と決意しても、
大抵帰宅前になると、今日は何を買って帰ろうかとあれこれ考えて、
結局「朝の決意なんてどうでもいい。今はただ口にしたい。今日だけは・・・」
と思いながら過食をしてしまします。
2007/07/16 (Mon)
20歳~24歳
小学生から中学生の時期にかけて、私はあまり多く食べる子ではありませんでした。
出された食事をいつも残して、母や祖母に叱られていました。
中学校3年生受験期、私は両親の期待に沿えるよう、猛勉強をしました。
その成果あって、見事、県トップの高校に入学しました。
両親はとても喜んでいました。
しかし、それだけレベルの高い高校で、一時的に勉強してたまたま入学できた私が勉強についていけるはずもなく、最下位の成績を取ったこともありました。
私は受験期と同じ量の勉強を毎日強いられ、その反動で過食が始まりました。
その当時、165センチ63キロ。菓子パンを好んで食べていました。
高校を卒業し、親元を離れました。初めての一人暮らしです。
私は引き篭もりになりました。外に出ないから食事もままならない、数ヶ月で激痩せしました。当時52キロほど。
大学3年生ぐらいから彼氏ができて非常に健康的な生活をしていました。56キロほど。
少し太ったことを気にして、このころから慢性的なダイエットが始まりました。
その調子で大学を卒業し、現在、会社員をしています。
一度飲み会か何かで食べ過ぎて胃が苦しくなったとき、吐きました。
とてもスッキリしました。それ以来、ときどき食べ過ぎて苦しいときに吐くようになりました。
先月頭ぐらいから急激に仕事が忙しくなり、ろくに食事も取れず、短期間に3キロほど痩せました。
それからです、毎日吐くようになったのは。。。
せっかく3キロ痩せたのに、食べたら絶対リバウンドする。
久しぶりに54キロっていう数字を見たんです。
夕食を全部吐き出せば、明日の朝も54キロです。
もう一年中ダイエットしているのはイヤなんです。。。
食べたもの全部吐いていれば50キロも夢じゃない、なんて考えて、、、
吐けば吐くほどたくさん食べる。
食べたら安心します、食べ物が無くなると不安で仕方なくなります。
買ってきたもの残らず食べ尽くして、もう出ないくらいまで吐くんです。
ノドが焼けて、血の味がします。
そこまでやって、やっと悲しさがこみ上げます。
無駄な出費と無駄な時間と、傷ついた食道と、悲しむ時間と。
一度嘔吐してしまった瞬間から、私の生活は変わってしまいました。
100グラムでも体重が増えたら気が狂いそうになります。
1日に何度も体重計に乗ります。
でも、増えていようが減っていようが、過食嘔吐することに変わりはありません。
本当に深刻な事態なのだということには気づいていたんです。
でもどうしていいのか分からなかった・・・。
なんとかこのサイクルを断ち切る方法を探し求めているこのごろです
2007/06/28 (Thu)
35歳~39歳
もう20年経ちました。
今思えば一番楽しかった20代をただただ過食嘔吐に苦しんだ10年間、そして残り一年弱で終わる30代のこの10年間はどうやって上手く過食嘔吐と付合って生きて行くかを日に日に体調が崩れて体力が無くなって行く中で考えさせられる10年だった気がします。
私の場合は20代の頃が過食嘔吐の一番ピークで
彼氏が出来ても食べたい気持ちが頭から離れず食べ物の事ばっかりで…
当然こんな醜い事をしてる自分に自信なんて持てるはずも無く
彼氏にも自分の意見や気持ちを言えず相手に合わせるだけで常に嫌われたらどうしようって不安と、それと逆に執着心との繰り返しで何度も辛い別れを経験しました。
仕事をしても集中力が無く食べる事で頭が一杯で続くはずもなく仕事も何度も変わりました。
30歳の時にメデタク結婚できました。
夫は初めて過食嘔吐を話せ
「何とか理解しようとしてくれる優しい人で結婚して2人の生活が始まれば過食嘔吐も治るだろう」
何て軽い気持ちになってたりもしたけど実際は幾ら過食嘔吐してる事を知ってる夫でも過食してる所を見られるのは辛くて毎日夫の目を盗んでは過食嘔吐していました。
そんな中で諦めていた子供を授かる事が出来た。
けどつわりで吐いていた延長で結局悪阻が治まっても過食嘔吐が続いて、、、
それでも何事も無く出産…
その後、信用していた夫の借金や嘘が山の様に出てきて結婚生活は2年で終わってしまいました。
酔って吐いて寝るの毎日で当然毎日二日酔いの状態での子育てで子供には申し訳ない気持ちで一杯の毎日でした。
その後色んな事を何とか乗り越えながら現在に至りますが(20年を上手くまとめて語る事が出来ません。)
現在はこのサイトに出会えたものの、まだまだ20年という長い年月を越えられるほどの完治があるのかと不安だらけです。
20年は本当に長いです。
でも続けていればもっと長くなる…当たり前の事ですが今までの20年を取り戻したい。
子供に同じ思いをさせたくない。
2007/06/19 (Tue)
~19歳
私には過食&拒食予備軍みたいな時期がありました。
中2の時でお正月太りしないようダイエットしたのです。
私の家はしっかりご飯を食べる家なので、朝ごはんのパンを半分にしたり、おやつをやめればするする減りました。
それを喜んでいるうちに、食べる=太るみたいな発想ができてだんだん食べるのが恐くなりました。
しかし、お母さん(母、じゃなく、こう書かせてください)に叱られて、この拒食は幕を閉じ、ばーっと食べて元よりちょっと軽いくらいで体重も落ちつきました。
次の年は受験だったので、ダイエットには構っていられなかったので、特に何もおきませんでした。
だから、こういう時期があったのを気にもとめていませんでした。
高校は進学校で、とにかく勉強&部活のハードな毎日でした。
けれど、何か自分のなかにもやもやしたものがあって(思春期の特徴?)
なんとなく、リラックスできない時期が続いていたのです。
なんせ趣味をしている暇があったら、勉強しないと課題が終わらないって感じだったので、、、
そんな中、一人でリラックスできる時間を発見したのです。
勉強もひととおりすんで、家族が寝ちゃったあと、いつもは眠るのだけど、テレビを見ながらお菓子やお釜のご飯を食べたのです。
これがクセになってしまい、3キロくらい太ってしまいました。
ヤバイ、と思い、ご飯を減らしたのがきっかけ。
拒食症でどんどん食べられなくなり、お弁当をこっそり棄てたり、メインディっシュ(たいていカロリー高いですよね?)を家族の目を盗んで棄てたりしているうちに野菜とパンくらいしか食べられなくなり、30キロまでやせ、入院しました。
けれど入院したら強制的に食べさせられて、いつも食事を不安に思い眠れない入院生活をしました。
看護婦さんが監視しているのも堪えらなかったし、修学旅行やコンクールといった行事に出ている友達がまぶしくてつらかったです。退院させてと言ったけれど、ダメでした。
食べ物への恐怖を抱えたまま見た目は普通に食べられるようになって退院、けれど、退院して1ヶ月ちょっとしてから、家庭内がもめていることや、友達と同じことができないふがいなさに、すごくすごく何かが食べたくなりました。
そこで菓子パン3個をコンビニで買って、食べたのです。
これがきっかけでばーっと食べ出し、体重が増え、(24キロくらい増えたかな?)それに堪えられずに、家族にあたったり、リストカットしたり、睡眠薬を大量に飲んだりしました。
服薬で学校でふらふらになったり、2日くらい眠り続けたりしました。
その後このままではいけない!!家族や友達を悲しませちゃいけないって必死になって食べるのをやめました。
おかげで大学にも何とか通えるようになり、週末過食くらいですんでいたのですが、学校内の揉め事をきっかけに再発。
そこからはだらだらと食べ続ける日、多々。。。また家族にあたったり、友達に心配かけたり、そんな毎日。
過食症になってから、周りにも迷惑をかけっぱなしだし、心から何か楽しいって思える日もなかなかなくて、将来も不安です。
過食症になっていちばんなくしてしまうものは時間。楽しいはずの時間だと思います。
2007/06/06 (Wed)
20歳~24歳
女性 学生 21歳 AB型 岐阜県
私が過食症になったのは、思い返してみれば中学校のときだと思います。
別に太っていたわけではありませんが、痩せたい、という思いが芽生え、それと同時に食べたいという思いにも苛まれるようになりました。
学校帰りにはわざわざ遠回りしてパン、お菓子を買っては歩きながら食べつくしました。
そういえばダイエットにいいという薬や食品にもこの頃から手を出し始めました。
もらったお小遣いがなくなると家のお金を抜き取りました。
実際にやったことはありませんが近所の家にお金を盗みに入ろうか・・・と考えたこともあります。
そして、そんなふうに自分の欲求を満たすために周りの人を思いやることができなくなる自分は、なんて傲慢で醜い人間なんだろうと思
われました。
私は人が生きていくうえで一番大切なことは「思いやり」であると今も昔も変わらずに思っているので、なおさら自分が信じられず、
情けなく、恐ろしくさえあります。
皆さんに出会い、この私の最低な行動が病気からきていると知ってもなお自分が許せないし、病気のせいにするなんて甘えているのではと考えてしまいます。
高校の時にはわりと食欲も痩身願望も治まっていた気がします。
でも波があって、ものすごく食べていた時もありました。
大学に入り一人暮らしを始めた頃は本当に寂しくて不安で、それが引き金になったのか過食が再発しました。2、3ヶ月で6kg太りました。
どんなにお腹いっぱいでもまだまだ食べたいという底なしの食欲と、食べたら太るという恐怖の板ばさみです。
嘔吐を始めたのは昨年9月。確実に実習によるストレスがきっかけでした。
案外簡単に吐けてしまい、聞くほど歯や肌がボロボロになるという実感がなかったため、別に吐いても大したことないじゃん、
吐くことができない人と一緒の食事のときには、吸収阻害系のダイエット薬が欠かせませんでした。
痩せることができたときは、自分は頑張ってダイエットをしている気でいましたが、今考えるとあれは拒食症に移行していただけでした。
異常なほど摂取エネルギーを抑え動きまくっていました。
本当に少しでも体重が増えることが恐怖だったのです。
痩せたい!と思うあまり健康や美容に関する知識は専門家も驚くほど身につけたので、これほどに意識は高く持っているのに、
食べまくる、吐いてしまう、という不摂生を繰り返す自分に自己嫌悪する毎日でした。
過食症は人の思考を歪ませ、狂わせる本当に恐ろしい病気です。