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摂食障害(過食症・過食嘔吐)無料相談 本当は怖い過食症ブログ

本当は怖い過食症

【ダイエット・摂食障害・拒食症・過食嘔吐の体験談ブログ】 摂食障害(拒食症、過食症、過食嘔吐、下剤乱用、チューイング・噛み吐き)は、本人が思っている以上に心と体を蝕む怖い病気です。 まずは過食症の本当の恐ろしさ、大変さを理解すること。 それが治すための第一歩です。 無料相談が出来るサイトも紹介しています。

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神様の罰

女性 会社員 26歳 東京都
今、思えば全部過食症のせいだったのかもって思います。。。
私が過食嘔吐を知ったのは高校3年生の夏でした。。。
その頃ちょうど、鈴木京香がモデルで過食嘔吐をしているドラマがやっていました。 
そのときはやっぱモデルさんは吐くんだ・・・としか思いませんでした。

当時、私は受験生で予備校に通っていたのですが、ある日カットモデルをやってくれませんか?
と声をかけられカットモデルをやることになったのですがその美容師さんのことがすごく好きになってしまい
毎日勉強してても手につかない状態になってしまいました。
別にたいしてかっこよくもなかったのですが、告白されたらいつのまにか好きになってて・・・。

ある日、その美容師さんで頭がいっぱいになっているさなか・・・
予備校でお昼休みに菓子パンを食べたら急に気持ち悪くなり予備校で吐いたのが始まりでした。。。
ドラマの影響もあったと思います。。。
吐けば簡単に痩せられるんだ!って知ってしまいました。

それからは受験をやめ楽に推薦で短大に入学することにしてしまい、短大に入ったものの
毎日過食嘔吐で昼くらいに学校へ行き友達とあって出席だけとって抜け出して喫煙所に行き
みんなでタバコを吸って、お菓子を食べて、渋谷に遊びに行って帰るという毎日でした。。。
家に帰ってきても友達と一緒にいてもかまわず過食嘔吐の日々です。。。

その後はキャバクラをやったり、援助交際をしたり、万引きしたり(3回も捕まりました)・・・。
もちろん彼氏はとっかえひっかえ。 
さびしいから好きと言ってくれる人にはホイホイついていってしまうという軽い女になってしまいました。。。
誰とつきあってもやっぱり心は満足できず、男の人に対しては顔かスタイルかエッチしたいからでしょ?
としか思えなくなり信じることができなくなっていました。。。
エッチしているときしか愛されてる感じがしなくて・・・・・。
さみしかった。。。。

過食症になる前は、純粋で勉強も一生懸命頑張っていましたし万引きなんて知らなかったのに・・・
家族に対してもすぐカッとなるようになりました。
食べている最中の私はホントに別人。
話しかけられるとすごい嫌で、普通に話せなくてすぐキレてしまう。。。
豹変する自分が怖かった。

去年の夏、結婚する予定だった彼を何万人に一人しかならないという脳のがんで亡くしました。
きっと神様が罰をあたえたのでしょう。。。
私の罪を彼が背負って天国へ行ったのかもしれません。。
神様はちゃんと見ているんですね。。
もう人を好きになれないかもしれないって思いました。。
もう泣き崩れる毎日。。死ぬほど辛かった。
毎日病院にお見舞いに行って、病院に泊まったりもしていました。
でも過食嘔吐はしていました。願かけて過食嘔吐をやめよう!
とも思ったけど、やめられなかった。。。

彼がいなくなってからは私の心を埋めてくれるのは食べ物だけになってしまいました。。

そんなさなか、昔私がポッチャリ(周りから見たら普通くらいなのかもしれません・・・)
していたとき(過食症になる前につきあっていた)彼と偶然再会しました。
最近は、たまにご飯をたべに行ったりします。。
彼はずっと私のことを思い続けていてくれ何年もの間クリスマスと
誕生日にはポストに手紙を入れ続けてくれていました。

この彼ならありのままの自分でいられる気がしました。
太っているときの私を知っているから・・・。
エッチをしなくても一緒にいるだけで愛情を感じることができます。。。。

亡くなった彼のママさんに言われました。
「あなたが幸せになることが○○の一番望んでいることなんだから、
いい人さがさなくちゃだめよ」って・・・。
このサイトに出会って過食を治してまたこの彼とやり直せたらいいなと思います。

もう過食症の人格の私は消えてもらわなくては・・・・。
自分をもっと大切にしてあげなくちゃ・・。
愛してあげなくちゃ。。。
自分を愛せないと他人も愛することができないって聞いたことがあります。。
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面倒でしんどいのに止められない

女性 自営業 29歳 B型 兵庫県

あまり覚えていないのですが数年前から時々食べ過ぎた時に嘔吐するようになりました。
だからと言ってその頃はまだ今のように「吐けば太らないから死ぬほど食べよう」とかいうようなことはありませんでした。
食いしん坊でしたが「これ以上食べたら太るしやめておこう」って普通に自制できていました。心も身体も健康だった・・

二年前から新しい仕事を始めました。
時間が不規則で、仕事中は立ちっぱなし・帰宅時間は11時くらいになり、仕事自体は楽しいけど 帰ったらグッタリ・・って感じでした。
帰宅時間が遅いので それから夕食を摂ると太るので当初は牛乳だけ飲んで寝て翌日朝食をしっかり摂る・・という生活をしていました。
それがある日、すごーく疲れた日、
「今日は本当に頑張ったし明日休みだから夜更かししてもいいし好きなだけ食べちゃおう」と思って家族が寝た後もテレビ見ながらダラダラ食べてしまいました。
思えばその日が過食の始まりでした。

詳しく覚えてないけどパンやら炊飯器のご飯やものすごい量を食べて動けないくらいになり、ヨロヨロしながらお風呂に入り、そこで散々吐いた。
吐いたら食べ過ぎてキューピーちゃんみたいになったお腹がペッタンコになって楽ちんになりました。
翌朝体重を計ったら、吐いたせいか逆に痩せていて「ラッキー」と思った。

その時から それが毎日毎日続くようになりました・・エスカレートしていった。
昼間も1人だったら同じように過食した。
隠れてパンやらお菓子やら買った。

そのうち仕事帰りにも必ずパンを買って帰るようになった。
昔は節約のために会社にも絶対お弁当を作って持っていくような私だったのに罪悪感を覚えつつも毎日数百円出してもパンを買わずにはいられなくなった・・
夕食後自分の部屋でこっそり食べるのが日課になった。
料理が好きなので皆の食事を作ることも多いのですが、その時こっそりタッパーに料理を取っておいて皆で食べ終わった後、また自分の部屋で食べたりしていた。
そんな自分が気持悪かった。

部屋に持ち込んだフォークやお皿をこっそり台所に持っていって洗う・嘔吐物をこっそり処理する・・
そういうことをしている時の自分が情けなくて虫けらみたいに思えた。
でもやめられなかった。

友達や彼氏と飲みに行ったりしても帰りにパンを買って帰って過食しようとかばかり考えていたしパン屋が閉まるまでにバイバイしなきゃ・・とかも考えたり・・
吐きたいから1人でトイレいかなきゃ、とか もう面倒でしんどかった。
なのにやめれない・・

ある日過食現場を姉に見られ、母と姉に告知しました。
二人ともビックリしてたけど同情的ですごく心配してくれています。
話したことで少し救われて、その時点で過食がマシになりました。
帰りにパンを買うことが無くなった。食べる量もマシになった。
でも太るのが恐くて吐くのはまだやめられてません。

睡眠時間を削って

女性 会社員 27歳 A型 東京都
  
突然転勤になって、週末だけ自宅に帰る生活が続き、精神的にも肉体的にもとてもつらかった時に、せめて週末だけでもご褒美として好きなものを食べてもいいことにしようと決めました。

自分の好きなドライフルーツを金曜日に買って、ちょっとづつ食べるつもりだったのが、いつのまにか金曜日も買って、土曜日も買ってと、大量に食べるようになりました。
最初はオイシイと思いながら食べているのに、最後は苦しいのになぜか食べている。
そして太るのがいやで吐きました。
これがきっかけだったと思います。

再び転勤で自宅から近い勤務地になると、今度は平日に何をどれだけ食べてよいのかさっぱりわからなくなりました。
何をどれだけ食べてよいのかわからないだけでなく、空腹とか満腹とかそういったこともわからなくなりました。
一度食べ始めると、特に食べたくもないのに食べ続けます。
でも太るのが嫌なのと、胃が重く気持ちが悪いので吐き出します。

もはや吐くために食べているのか、食べると条件的に吐いてしまうのかよくわからなくなりました。
吐くたびに、世の中に食糧難で苦しんでいる人がたくさんいるのに、なんて酷い行為をしているのだろうといたたまれなくなることもあります。
こんな自傷行為はやめないとだめだと思いながらもやめられずに睡眠時間を削って、朝方まで吐き続けます。
毎朝、今日こそは過食を克服しよう!
絶対に菓子パンとかお菓子とか買わない!と決意しても、
大抵帰宅前になると、今日は何を買って帰ろうかとあれこれ考えて、
結局「朝の決意なんてどうでもいい。今はただ口にしたい。今日だけは・・・」
と思いながら過食をしてしまします。

過食嘔吐の先にあるのは、孤独だけ(静岡県29歳)

44734  過食症になって    2007/06/03 22:46
  女性 会社員 29歳 O型 静岡県  
 私が、過食症になったのは、14歳のときです。
引っ越した先の中学でなじもうとがんばりました。
両親は自営業を始めたばかりで忙しく、家には夜中にならないと帰ってきませんでした。
その頃ダイエットをはじめ、拒食症になり、バレーボール部で激しい運動
をしていたためどんどん体重は落ちていきました。
始めはそれが楽しくて、体重が落ちることが全ての目的になっていました。
35キロになったとき、近くの国立病院に入院させられましたが、
その後も体重は落ちていき、30キロをきったところで、ここでは治せない、
と言われ、隣の県の大学病院に入院しました。
中学時代は入院と退院の繰り返しで、病院での生活のほうが家にいるより長かったです。
退院とともに、過食嘔吐に移行し、もうそれからは、歯止めがきかなくなりました。
一日中食べて吐きの繰り返しです。
家の中のものは全て食べつくし、どこででもはきました。
体重は30キロ前後、見るからに骸骨です。
それでもやめれず、食べるものが無くなれば、万引きを繰り返し、警察に捕まり、
親は泣きながら頭を下げ、それでも、食べれるものは何でも、近所のぱんやのパンの耳の袋詰めでもよく、食べまくりました。
吐くのもありとあらゆるところで、コンビニのトイレ、(家のトイレが詰まって壊れた)公園のトイレ、道路わきの茂み、
ありとあらゆるところで吐きました。
親を責め、引きこもり、何とか高校に行くことが出来ましたが、見た目もがりがりで、食べることしか頭に無いため友達も出来ません。
万引きの補導が続いたとき親は泣いて「一緒に死のう、お母さんももう生きているのがいやになった」と泣かれました。
なんとかしなくては、と思い、大学への目標をもち、体重は標準に戻っていきました。
昼間に少し食べれるようになったことと、回数が少し減ったためだと思います。
大学に入ったあとも症状がなくなることはありませんでした。
友達は出来て、みんなに、隠すことに必死で表面上は生活できている
状態でしたが、みんなと食事をしてもそのあとで吐きに行くといった感じです。
看護師になってからも、周りにうまく隠して過食嘔吐するすべを見につけてしまっただけで、症状が治ることはないです。
付き合っていた人と結婚してからも症状は消えず、お互い不規則な生活をいいことに、夜勤明けで過食嘔吐、休みの日に過食嘔吐、
一緒に食べた食事も吐く、吐くことを前提に食べているから、みんなは私のことを大食いだと思っている。
そんな生活の中、夫の浮気、離婚。
唯一、世の中で信じられる人だったはずなのに、誰もなにも信じられない、症状はまた悪化、一日中過食嘔吐。

もう、これ以上こんな生活をしたくない。
食べ物にとりつかれたままの生活から、抜け出したい。
みんなを好きになれて、信じて、安心できる場所がほしい。
もう、寂しいのはいやだ。過食嘔吐の先にあるのは、孤独だけだ。

痩せれば皆に好かれる・・・

44060  過食症になって    2007/04/27 11:44
  女性 学生 26歳 O型 愛知県  
 小学生の時から痩せたくて痩せたくてしかたありませんでした。
私は幼稚園児のときから、いじめられっこというか、一人っ子で我儘に
育ったので友達が少なかった。
でも我儘という概念が無かったので、自分は我儘で、それで人に嫌わ
れるんだということがわからなかったのです。
それに気付いたのは中学一年生の時でした。テストでいい点を取って、
それを友達に笑顔で報告したら、翌日から無視されました。
私が悪いんだよ、と相談相手に言われて、私は目立たないように
目立たないように生きていこうと心に決めました。
性格はどんどん暗くなります。いじめは常習になり、それでも理由は
自分にあるから仕方ないと割り切っていました。
いじめられない子が羨ましかった、というか私以外の人が輝いて見
えました。人気のある子は皆かわいい子ばかりで、私もかわいくな
れば皆に好かれるかな、と思いました。かわいくなるには当時流
行り始めたモデル体型になるしかないと思ったのです。

私の従姉妹は私を嫌っていました。
彼女の親が私と彼女の成績を比較して彼女をなじるからです。
私は筋肉質でむちむちした体を従姉妹から馬鹿にされました。
彼女は会うたびに私を太っていると言ってからかいました。
彼女の母親も、あなたは太いから私の若い頃の服は着られない
わね、あんたのお母さんも太っていたからねぇ、と笑いました。
私はとても辛かった。
勉強では負けないのに、体型のことではいつも勝てません。
劣等感がつのりました。だって人は外見でまず判断する。
かわいいかかわいくないか、好きか嫌いか、友達になりたいか、
興味が湧かないのか。

私は痩せれば必ず皆に好かれる、注目される、尊敬されると思う
ようになってしまっていました。
大学の時、体育の授業の教授に痩せたいやつはカロリーメイト
を食べればいい。と云われました。
その先生はレスリング選手で、減量しなければならない時は
カロリーメイトのお世話になっていたそうです。
ちゃんとお通じも出て、栄養面もバランスがいいので確かに一時
の減量のためにそれは有効なのかもしれません。
でも普通はあの小さな1本に100キロカロリーも入ったあれを常
食にしようとは思いませんよね? 
私も嫌でした。だったら野菜や穀物を食べて綺麗になりたいと、
毎日運動を欠かさず、栄養バランスとカロリーをばっちり考えた
食事を摂るようにしていました。
それでも、私はいつも周りの人より輝きません。
周りの人がみんな美人で可愛く見えて、羨ましくて、私生きてる
価値無いなぁ、と思いました。痩せようと頑張っても効果は現れず
、両親や友人はそれ以上痩せてどうしたいんだ、と白い目で見ま
す。ランチを抜くと、友人は以後私を敵対視するようになりました。
大学生にもなって、どうして中学生のようなことをするんだろう、と
最初は憤りましたが、それでも悪いのは私なんだから、と諦めます
。そうやって食事制限を何年も続けたある日、ようやく私にも彼氏
ができました。とてもとても嬉しかったです。
自分が好きになった人に初めて受け入れられた喜びでいっぱいでした。

彼は深夜のコンビニバイトをしていました。彼は独り暮らしなので、
夜中にご飯を食べます。
初めて彼の家に泊まりに行ったとき、私は初めて深夜にチョコレートを
食べました。これが、今思うと過食のきっかけです。
深夜に食べても、翌日夕方まで何も食べない彼氏の食生活では
私は殆ど太りませんでした。だから食べてもいいんだ、と思ってしまった。
それは、長年食事制限ダイエットをしてきた私にとっては重大な出来
事でした。。私はホールケーキを買って彼の家に行き、深夜二人で
それをたいらげたりしました。お菓子を食べて太らなかった、
いまでもこの事実になぜだろうと首を傾げます。家にいてもお菓子を
食べるようになり、さすがにこれはまずいだろうと焦り始めた時、
祖母が私においしいお菓子を買ってきました。かりんとう一袋。
それをあっというまに平らげた時、あぁ、私はお菓子を食べる習慣が
染み付いてしまったんだ、と痛感しました。
焦りでトイレに行きます。以前大学教授が言ったように、
減量に失敗しそうな時は大量に食べてはくのが一番だ。
そのセリフが頭の中を駆け巡っていました。
吐かなきゃ。吐かなきゃ。
太ったら彼氏に嫌われる。また太い自分に戻りたくない。

そうして、今の過食嘔吐が身についたのでした。
食べて、吐く。これでスリムな体、人から好かれる体が手に入ります。
私はどんどんやせていきました。
毎食吐くのですから、どんどん体重は落ちます。会社に入社し、
独り暮らしを始めてから過食嘔吐はさらに激しくなりました。
会社の仕事が辛かったのもあります。
誰にも見られず大好きなものを食べまくることができるのが嬉し
かったのもあります。でも気がつけば、明け方まで食べ吐きを繰
り返している自分がいました。夜中にコンビニに行き、食べ、吐き、
会社に行く時間が来ます。吐いたのでお腹は空き、会社で朝食を
食べます。始業時間前にトイレでそれを吐きます、ランチも同じこと
です。帰りは23時を回ることが多かったので、独りでご飯を食べ
る時はカップラーメンにお菓子を買い込んで、苦しくなるまで吐
きます。とてもつらかった。会社を辞めました。
私、家族の愛情が欲しい、と思って会社を辞めて実家に戻りました。

でも、祖母は歓迎してくれませんでした。
私が帰れば一番に喜んでくれると思っていた祖母は、なぜ会社を
辞めたのか、年金や税金は誰が払うのか。
お金の支払いのことばかり、朝早く私の部屋にやってきては枕元で
話し出します。今日はハローワークへは行かないの、とか新しい
仕事を早く見つけなさい、とかいっそのこと結婚しなさい、とか。
私はそんな祖母を大嫌いになりました。めちゃくちゃにしたくなったこ
ともたびたびです。だから私はあまり家に居ないようにしようと思い
ました。私がいると、祖母の居場所もなくなるし、家族の喧嘩も
増えるだろうと思ったのです。バイトをはじめ、朝から終電の時間
まで働きました。それを祖母は気に入らなず、バイトを辞めるよう
会うたびに言ってきました。もう本当に祖母が許せなかった。
祖母を困らせようと思いました。私は死ねば、祖母は困るだろうと思いました。

私は深夜、買い物に行き、夜中の3時まで食べ続き、吐きます。
朝は6時に起き、過食嘔吐。すぐにバイトに出かけます。
バイトでは夜の9時まで何も食べません。9時から飲んで、
終電に乗り、3時まで食べて……という生活。

もう治らないかな、と思いました。でもこのまま、食べて吐くだけの
人生は送りたくない。私は実家を離れ、誰も干渉することができ
ない土地に移りました。まだ過食は治りません。独りで寂しいです。
好きな人、会いたい人を思って泣きます。
でも、ここで病気を完治させて、いい顔になって再会したい。
私はダメな人間だけど、それはそれなりに立ち直ることができるので
はないかと思っています。ここで、先生方や皆さんに出会い、
心の病を治すことができると感じています。

早く立ち直って、大好きな人に会いに行きたいです。
長々と書いてしまいましたが、ここまで読んでくださったかた、
ありがとうございます。大好きです。