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摂食障害(過食症・過食嘔吐)無料相談 本当は怖い過食症ブログ

本当は怖い過食症

【ダイエット・摂食障害・拒食症・過食嘔吐の体験談ブログ】 摂食障害(拒食症、過食症、過食嘔吐、下剤乱用、チューイング・噛み吐き)は、本人が思っている以上に心と体を蝕む怖い病気です。 まずは過食症の本当の恐ろしさ、大変さを理解すること。 それが治すための第一歩です。 無料相談が出来るサイトも紹介しています。

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やめられると思ってた

過食嘔吐も、下剤も、最初は「たまに」「少し」。

今は、どうでしょうか。

(以下相談者の方の体験談です)
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女性 会社員 27歳 神奈川県

もともと生理不順だった私は、ピル内服の副作用で過食が始まりました。

3交代と不規則な仕事だったため、いつ食べていいかも分からず、ただただ食べていました。
そして、彼氏や職場の人から、『丸くなったね』『太ったね』と言われるようになり、ダイエットを意識しました。

けれど、食べることを止められず、吐いたら、食べた物をリセットできるのではないかとの安易な考えから、
過食嘔吐を始めたのが、2年前でした。

始めた時は、月に1回過食嘔吐するか、しないか位でした。
そして、過食嘔吐は、自分の意思で、簡単に辞められると思っていたんです。

1年しないうちに、体重は、ピルを内服する前の体重に戻りました。

しかし、その頃には、無心で大量の食べ物を食べて、全ての食べ物を吐きだす事に『快感』『達成感』を見出していました。
仕事などでのストレスも、食べ物を吐きだすことで、一緒にリセットできたような錯覚を持ってしまっていたんです。

でも、嘔吐だけでは食べた物が全部身体の外に出たか不安で、時々、下剤を内服するようになりました。
最初は、過食嘔吐した時に、1~2錠ほど内服していました。

しかし、どんどん効かなくなっているように思えて、また毎日排便が無いと、
身体の中に食べ物がずっと残っているよう思えて、内服する回数・錠剤の量も増えていきました。

今では、毎日少なくても6錠。
多い時では10錠以上内服しないと安心できなくなってしまいました。

うまく嘔吐できないときは、パニックになってしまうのではないかというほど、
ずっと身体から食べた物を出すことに執着して過ごしいる。

そして、過食嘔吐を連日行うと、胃がキリキリと痛み、口の中は口内炎ができ、
喉はむくんでいるのか息が吸いにくく感じます。

もう、こんな生活は辞めたいです。
もう2度と、こんなつらい思いをしたくないです。

本当に、この病気を治したくて、ここに来ました。
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過食嘔吐、それでも楽しい?

自分の体を、心を傷つけてきた摂食障害。

「治したい!」と思えた時、それが一番早く回復できるチャンスかもしれません。

(以下相談者の方の体験談です)
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女性 主婦 25歳

始めは過食嘔吐が大好きだった。
こんなに美味しいものを好きなだけ食べて太らないなんて私はなんて素晴らしい力を手に入れたんだろう!って思っていた。

仲間うちでも、『細いのに凄い食べるギャル曽根みたいな面白い子がいる』って人気になって友達も増えたし話題も増えた。

凄く年上の姉がいる私は幼い頃から姉の真似をして、ダイエットをしたり、サプリを飲んだり、美容のことを気にしていて、ここに来て初めて思い出したんだけど小学6年の時に初めて過食嘔吐をしていたし、小学4年の時には痩せる効果があるからって苦しすぎて胃が痙攣して吐き戻すくらいに濃く入れた烏龍茶や緑茶を一日2リットル以上無理矢理飲んでいたのを思い出した。

他にもクリスマスやお正月で、ご馳走がある日の3日前から絶食を初めて、当日イッパイ食べても太らないようにプラス、マイナスを調整していた。

今、私は過食嘔吐に悩んでいるけど、元を辿ればこんなにも前から異常な行動は始まっていたんだってここに来て初めて気付いた。

幼い自分が必死にそんなことをしているのを思い出して辛くなった。

ちなみに、お茶や絶食のち過食は、高校卒業後に始まった本格過食嘔吐開始まで続いた。
中学の時はお茶等にプラスして下剤も使っていた。

今、書いていて怖い…

私、こんなにも自分を傷めていたなんてここに来るまで気づかなかった。
私の病気は過食嘔吐だけだと思ってた…
よくぞ今まで、無事に生きて子供まで産めてる…

過食嘔吐の話しに戻るけど始めは楽しかった。
でも次第に増えていく異常な食への執着。
何をするのも後回しで過食嘔吐のことしか頭に無い生活にあっと言う間に染まって行った。
その頃には、このままではダメになるって思いやっと気付いた。
でももう遅かった。

過食嘔吐は癖になって私の日課になっていた。
やらないと気が済まなくなっていて過食嘔吐をするためには全てを犠牲にした。
寝る時間も仲間との時間も彼氏との時間も家族との時間も。

その頃母親が病気になって側にいてあげなきゃだったのに私は部屋にこもって過食嘔吐をしていて、気付くと母親が冷たい台所で何時間も倒れていることもあった。

彼氏とは八ヶ月も会わないこともあった。
彼氏の腕にタバコの焼きをいれたり私の苛立ちを全面にぶつけて傷つけまくった日々。

仲間との約束を過食嘔吐のせいで何度も守れなかった。
遊んでる最中に早く帰って過食嘔吐したいって思って嘘ついて帰ることもたくさんあった。

会社もそう。
過食嘔吐したいが為に早退した。

眠くて疲れていて休みたいのに、体重が過食前に戻らないからって寝ずに吐き続けた夜。
血を吐いて恐ろしくなった夜。
喉が焼けるように痛くて胃も痛くて、頭も痛くて死ぬんじゃないかって思った夜。
食べ物を買うお金がなくなって両親から何度もお金を盗んだ。

そんな思いをしても、私の楽しみは過食嘔吐だった。
ストレス発散も過食嘔吐だった。
どんなに辛くても苦しくてもやめられなくなってた。

去年、急に父が死に過食嘔吐になってなかったらもっと父との時間がたくさんあったんじゃないかと父を大切に出来たんでは無いかと思う。

母も病気が1番大変な時に何にも力になってあげることが出来なかったことが本当に辛い。

当時の彼氏は今、私の旦那です。
昔、傷つけすぎた分今大切にしてあげて私と結婚して良かったと思ってほしい。

もう戻らないこともあるけど、私は自分と回りをボロボロにしながらも今運よく生きているから。
ここに今出会えたことがラッキーでチャンスだと思うから。
負けないで私は摂食障害を克服します。

当たり前のことを

家族や友達に言うこともできず

心苦しい思いをしながら過食をしている人は多いものです。


(以下相談者の方の体験談です)
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女性 学生 21歳 埼玉県

過食症になってすごく辛かったことは.
私自身を支えてきてくれた家族を裏切ること。

大事に愛情を注いでくれた家族に対して本当に申し訳ないし
情けなくて自分を責める毎日でした。

友達からの誘いも過食による体調不良から断ったり
嘘をついてまで過食をしてしまう自分が何度も嫌になりました....

過食症は本当に恐ろしい病気。

自分ではわかっているつもりでもコントロールがきかず
後悔と自己嫌悪の毎日が待っています。

だから早く過食症を克服して当たり前のことを当たり前にできる生活を
取り戻したいです☆彡

体も心も蝕まれ・・・

言い訳をしながら続ける過食。

ごまかしが効かなくなるのは、体への影響と
それ以上に心がすさんでいることに気が付いた時でしょう。

(以下相談者の方の体験談です)
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女性 会社員 33歳 東京都

高校の時、きちんとカロリー計算をしながら始めた3kg目標のダイエット。
そこから拒食症が始まり、高校卒業まで続きました。

大学進学で環境が変化したのを機に過食症に転じ、その後何年もの間、短いスパンで拒食と過食を繰り返すようになりました。

拒食期には体重が面白いように減るので、危機感を感じたことはありませんでしたが、過食期になると、日ごとに増えていく体重や、洋服がきつくなっていく感覚に ぶつけようのない怒りや焦りを感じ、いつも人目を気にしてうつむいて歩く毎日でした。

ある日、吐けばリセットできるということに気付き、そこから7年、過食嘔吐が続いています。

私の場合、昼間外にいる時には症状の気配すら感じません。
人並みの量で ちゃんと満腹感も感じます。
なのに、帰宅時になると突然 心にぽっかり穴が開いたような何とも言えない孤独感が襲ってきて、とにかく寂しくて、悲しくて、虚しくて、そんな気持ちのままコンビニやスーパーで食べ物をたくさん買い込み、帰宅するなり無心で食べて、吐ける限り吐く。。。

吐いた後は体重計に乗り、元の体重に戻ったことを確かめるのですが、それでも僅かに胃に食べ物が残っている気がして下剤を大量に服用してから就寝。

昼間の冷静な頭で考えると、夜のたった数時間のことだから何とか理性で抑えられるはずだと思うのですが、いざ仕事を終えて帰路に着くと、完全にそのような考えは頭から無くなり、何かに支配されたかのように心を失ってしまいます。
そのうち、夜の数時間のことなので、この際習慣として受け入れようと思うようになりました。

受け入れたことで少し心が軽くなったのか、食べる量は自然に減り、ピークの頃の半分ほどになりました。

ところが、食べることを楽しむという発想が芽生えてしまい、美味しそうなもの、好きなもの、その日に食べたいものを値段に関係なく選ぶようになり、結果、過食費は増えてしまいました。

それでも「夜だけの日課」だと思っているうちは良かったのですが、徐々に胃の痛みが慢性化するようになり、時には喉にも炎症を起こすようになってきました。

更には だんだん心まで蝕まれ、昼間は何ともなかったはずが、移動中や仕事の合間に一息ついた時にまで寂しい気持ちを感じるようになり、果ては人の愛情や優しさを全く感じられなくなってしまいました。

寂しくてたまらないのに、誰に どうやってそれを伝えればいいのか分からない。
甘えさせてくれそうな人はいる。
でも、甘え方が分からない。

いい子じゃないのに、強い子でもないのに、最初から「いい子いい子」されすぎて、弱い自分、みっともない自分をさらけ出すことができずにいた自分。
「いい子」を演じることが当たり前になっていた自分。
「自分は強い」「感情なんかいらない。涙は枯れた」と自己暗示をかけ続けていた自分。
全ては表面的で、形だけのもの。

見た目を褒められる度に、心の中では「当たり前」だと思い、友情も愛情も、結局は見た目にくっついてきているだけだと思うような、悲しい心の持ち主になってしまった自分。。。

昔の私は、こんな醜い心の持ち主ではなかった。
温かい心を持っていた頃の心境を思い出すことはできるのに、戻ることができません。
それどころか、人としての温かさはどんどん失われている気がします。

今は、まだそのことを冷静に考えられる自分が残っています。
温かい心も、理性も、まだ完全には失われていません。
このまま放置すれば、完全に無気力感に支配されてしまいそうな自分がいます。
そうなる前に、何とか ここで、病気と決別したいです。

心から、笑えるように

女性 自由業 35歳 B型 神奈川県

今までの事を振り返ってみたいと思います。

私が、はじめて過食嘔吐したのは、今から14~15年前。
20代になった頃です。

専門学校からの帰り道、どうしてもお腹が空いて、色んなお菓子を買って食べるのが楽しみでした。
でも、その反面、痩せたい!って思っていたので、いつも我慢もしなくちゃって思ってました。

一番太っていた時期だったな。

食べたい、痩せたい、、とにかく今の自分が嫌い。
それで、ある日、吐いてみようと思ったのが切っ掛けでした。

驚くほど、すんなり吐く事が出来た。
指もなにも使わずに、のどと腹筋を使って、面白いほど吐けました。

異常に食べたものをちゃんと吐き出す事が出来て、とても安心したのも憶えてます。
それから、いけないと分かっていても、お金を無駄にすると分かっていても、今をとにかくやり過ごすために過食嘔吐してきました。

実家にいたときは、コンビニで大量に買って、夜こっそり食べて、そのビニール袋に部屋で戻してました。
両親に気付かれない様に、早朝ゴミ出ししてた事も。

机の下に、何袋も溜まって、胃液と混ざった変な甘ーい匂いが漂ってました。
見つかるのも怖かった。自分が異常だって思うのも怖かった。

虫歯にもなってました。前歯以外はほとんど治療してました。。
過食嘔吐のせいだって、分かってて。悲しかったなぁ。

過食嘔吐してる自分は確かにいるのに、人前に出ると明るくて前向きで、夢に向かってがんばってる。
そのギャップで、疲れて、また過食、、。もの凄く後悔して、自分を責めて、また嘔吐。。

思えば、過食嘔吐することで、なんとか生きて来た様にも思えます。
両親は、自営業で、とても仲が良く、愛し合っていると小さな頃から自慢でした。

でも、反面、喧嘩もとても多かった。
喧嘩する度に、父は大声で怒鳴り、母はヒステリックに泣いて閉じこもり、、何日も口をきかなかったり。。

目を腫らした母を私はその度に慰めて来ました。
反省する父の話しも聞きました。

幼い頃から、私が二人の間に入って、何とかしなくちゃって思っていました。
だって、二人はどんなに喧嘩しても、本当は愛し合ってるのを知っていたし、思い出してほしかったから。

すごく、両親の関係に敏感になってしまったと思います。
歩く足音、車のドアの閉め方で、喧嘩してるかどうか分かったくらい。

父は、とても熱心に子育てしてくれていたと思います。
小学校と時は、毎日、夜勉強を見てくれてた。でも、私にとって、苦痛でした。

分かるまで、眠れず、怒られながら算数の問題を解く。。
恐怖に近かった。とにかく、父に怒られない様に、、早くこの時間が終わる様に、、と。

私は泣いて疲れ果てて部屋で寝ていると、必ず父はやって来て、『ごめん』と怒り過ぎた事を謝ってました。
母は、いつも慰めてくれましたが、『お父さんは、一生懸命になると、怒ってしまうの。愛してるからだよ。許してあげてね』と言ってました。

私は、その度に、『うん』とうなずいて、分かったと言ってましたが、心の中は『だいっきらい!!みんな、しんじゃえ!!』って思ってた。
だけど、、親の事は愛してる。だけど、親が精神的に不安定になると、本当に胸が苦しくなって、、、。

両親が仲直りすると、ホッとして、やっと安心して眠れました。。

そんな中、段々と、両親に『隠れて』何かすることを憶えていったんだと思います。
両親の前では、可愛い良い子。

でも、どこかで、そう思っている両親を蔑んでる気持ち。

本当の私の事なんて、分かりもしないくせに!と。
喧嘩して、大騒ぎして、けろっと仲直りして、、人騒がせな奴ら!と。
私が泣けば、『ごめんね』と我に返るダメな親!と。

大好きなのに、大きらい。
そんな複雑な気持ちで、23まで実家で暮らしました。

過食嘔吐は、その反動でもあったともいます。

私の痩せたいという願望は、、
幼い頃、兄は女の子に間違われる位、可愛いかったけど、私は大福みたいに太って重くて、
誰も抱きたがらなかった、、と言う様な話しを聞かされていたのが原因の一つです。

悲しかった。ショックだった。

多分、大人達は、ちょっとした冗談の一つで面白半分に言っていただけだと思うけど。。
でも、幼い私には、『私は本当は愛されていない』と思うには充分な言葉だった。

身長が高い事もあって、『大きい』と言われる事が多かった。
今思うと、スタイルが良くて、ちっとも太ってなかったのに、太ってると言う気持ちがない時はなかった。

痩せて、華奢になれば、私は愛される。太ったら、愛されない。
そう信じ込んでしまったのだと思います。。

摂食障害になって、色々な事が原因なんだなぁと分かって来ました。
実家が嫌になって家を出て、彼と同棲しても、過食嘔吐は続きました。

バイトした飲食店では、帰りにもらった総菜パンや菓子パンを食べて吐いたり、、
何件もカフェやファーストフードをハシゴして吐いたり、、
飲み会があって、一杯食べてもトイレで吐き戻してました。

彼と別れて、一人暮らしすると、また過食嘔吐はひどくなるばかり。。
休みの日は、昼間から夜まで何度も買って、食べて、戻すを繰り返したときもあります。

その間、何回も止まった事もありました。
もう治った。私は大丈夫。私は良い私になれた!って思う事が何度もあった。

でも、結局また繰り返してきました。
結婚して、出産しても。。

今、可愛い息子を授かる事が出来て、本当に幸せなのに、でも、過食嘔吐しているんです。
私の心の奥にいる、インナーチャイルドは、本当の安心と愛を渇望し続けています。

子どもが泣いているのに、トイレで慌てて嘔吐、、
子どもが寝たあと、急いでコンビニへ走って、過食する食品を買う、、

疲れました。本当に、自分がしんどい。
そう思って、このままじゃいけない!って思って、センターに出会い、電話しました。

私が、心から笑える様に。
毎日をポカポカな気持ちで向かえられる様になります。

分かり辛い長文を、もし読んで頂いた方がいたら、本当にありがとうございます。